二階堂酒造
慶応2年(1866年)創業、日出町の麦焼酎蔵。日出藩の銘酒「麻地酒」の系譜を受け継ぎ、昭和49年に麦100%のむぎ焼酎を世に送り出しました。
- 所在地
- 大分県速見郡日出町2849
- 創業
- 慶応2年(1866年)
- 代表銘柄
- 大分むぎ焼酎 二階堂、吉四六、吉四六の故郷、焼酎倶楽部、豊後路、やつがい、速津媛、米焼酎 麗、ニカソー缶
- 種別
- 焼酎
- 代表(蔵元)
- 二階堂裕一 氏
- 杜氏
- 杜氏を雇わず跡継ぎが杜氏を務める(家伝・門外不出の製法/家内醸造)
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二階堂酒造のルーツは、寛文年間(1670年頃)に日出町の古刹・松屋寺で起きた出来事にさかのぼると伝わります。寺の小僧が甘酒を盗み出して壺に入れ、近くの麻畑に埋めておいたところ、味が一変して風味のある美酒になっていた。これを知った二代住職が日出藩の名君・木下俊長公に献じ、藩は製法を留めて「麻地酒(あさじざけ)」と名づけて醸造に着手。明治まで将軍への献上品として名高い銘酒となり、江戸期の俳人の句にも詠まれました。二階堂酒造はこの麻地酒の製法を受け継いでいます。
創業は慶応2年(1866年)、屋号「喜和屋」として日出町に酒造場を開いたのが始まりです。第二次大戦中の企業整備で一度休業しましたが、昭和24年に焼酎製造で復活。昭和26年、六代目の二階堂暹が自ら杜氏となり、「麹は米で作るもの」という当時の常識を破って麦麹の製法に取り組みました。麦が健康食品として注目されると麦だけの焼酎の開発に専念し、昭和48年にはだか麦100%のむぎ焼酎を完成、翌49年に発売。これが全国的なむぎ焼酎ブームの火付け役となりました。昭和54年には農林水産省の「第一回食品産業優良企業賞」を全国の酒造業で唯一受賞しています。
天然醸造の麻地酒は長く貯蔵すると味を損ねやすかったため、長年の研究の末に醪の上清を蒸留する方法にたどり着き、原料をすべて麦にした「大分むぎ焼酎二階堂」が生まれました。製法は家伝として代々の後継者だけに受け継がれる門外不出のもので、他所から杜氏を雇わず跡継ぎ自身が杜氏を務める家内醸造を今も続けています。令和4年からは八代目・二階堂裕一氏が代表取締役社長。商品は「大分むぎ焼酎二階堂」を中心に、壺入りの「吉四六」、「吉四六の故郷」「焼酎倶楽部」「豊後路」「やつがい」「速津媛」、米焼酎「麗」などを展開し、1987年から続く叙情的なテレビCMシリーズでも広く知られています。



